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有閑クーネルシネマ

好きな物を食べ、好きなときに寝て、好きな映画を観て言いたい放題。これぞ極楽!映画、テレビ、ショッピング、その他もろもろ徒然なるまま書いていきますので、どうぞよろしく☆
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America

おしゃべりなアメリカ

「おしゃべりなイギリス」って本は拙ブログの楽しいコメンテーターでも人気のmoonhighさんこと高月園子さんの著書ですが(^^)
  
おしゃべりなイギリス
高月 園子
清流出版
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アメリカ人もとーってもおしゃべり好きだったよねーという話をこの前友人宅のランチタイムにしてました。

友人は私と入れ違いにシカゴに行き、3年前に帰ってきたばかり。なんとものすごくご近所で(T子さんと同じ町内よん♪)英語が堪能なので翻訳や横浜市の外国人向けボランティアをしていて、そこで会ったシカゴ出身のJさんが家に遊びに来るから一緒にどーぞとお招きを受けたのでした。

私はいつものようにシカゴ時代エピソードで電話がかかってきたとき「(私は英語がわからないので)電話を主人に代わりますね」と言おうとし「変わる」を”チェンジ”に直訳、電話の相手に
「I'd like to change the husband」と言ってしまった話で笑いをとり、ツカミオッケー♪

「相手が男性だったら誘ってるみたいにとられるよー」ってことでした(笑)

日本語ペラペラのJさんでしたので私との会話はすべて日本語。よかったわ~。

Jさんも「そこのお砂糖回してくださいって言うと、私はふざけてお砂糖を掌でくるくる回すんですよ。いつも「ふざけないでください」って怒られちゃうんですけどね」と言い
「アメリカ人は本当にユーモアのセンスがあっておしゃべり好き。フレンドリーだからスーパーの店員さんともおしゃべりを楽しむけれど日本はそれがなくてさみしいですねえ。」と。

友人もシカゴでドーナツを揚げていたら火災報知機が誤作動し、すぐに消防車が駆けつけて
「何をしていた?」と聞かれたので「ドーナツを揚げていただけだ」と言ったら「なんでドーナツなんて揚げるんだ!ヘルシーじゃないだろ」と消防士さんがジョークを言って去って行ったという話をして、あーそーゆーのホント和むわよね、そんな受け答えされたら好きになっちゃいそう!と思ったのでした。その消防士さん、俳優みたいにかっこよかったそう。いいな(そこかい?^^;)

私は超さみしがり屋なので基本的にいつでもどこでも誰とでも会話したいタイプなんですが、その性格がシカゴ生活でより過剰になったような気もします(^^;)

この前、PLAYコムデギャルソンで息子の誕生日プレゼント用にお茶目なTシャツを買ったとき、
「息子さんおいくつなんですか?」
「高校生です。」
「でしたら、部活とかで忙しいですよね。」
「そーなんですよ、遊んでばかりで困ったものです。本当はPLAYじゃなくてSTUDYってタグのシャツを買ったほうがいいと思うんですが」と一人で笑ったら
「…は?」とか言われちゃって
「あ、ですからSTUDY…つまり勉強ってことですけど」
と説明したら
「あ~そうですか!お客様って面白い方ですねえ」
とずいぶん遅れてなんだかしみじみと感心されてしまいました。

いや、そーじゃなくって…(笑)

私なんていつもにこやかに店員さんとおしゃべりするから、バイトで接客を経験した娘に「お母さんはカスタマーオブザイヤーだ!」って感心されます。

娘が以前某イベントで多くの国のお客様を受け付けるバイトをしたとき、日本人の態度が一番悪い!と憤慨していました。案内しても「ありがとう」を言わないし、ものを尋ねる言い方もとてもぶっきらぼうで偉そうなんだそうです。

日本は仕事上のサービス精神は世界一でもお客側に回るとあまり褒められたマナーでなくなってしまうので不思議です。
お客様は神様文化も善し悪しですねー。

デパートはいつもすごーくお金を使ってたくさんモノ買ってくれる外商の大金持ちの顧客を大事にしますが、私のようなHappyカスタマーも大事にしてほしいと思うよー(^^)

それこそカスタマーオブザイヤー賞を私にください(笑)
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これってお砂糖どのくらい?

元町にあるNAKA-YAさんは輸入食材を扱っているお店。
なつかしのアメリカンFoodもたくさんあって、シカゴに住んでいたときによくスーパーで買ったミントチョコAfter Eightを買いました♪
   
日本人にとって甘すぎるといわれるアメリカンテイストの中で「このAfter Eightだけはなんとか日本人の口にも合うのよ~。」というのが先輩駐妻からのアドバイス。

久しぶりに食べたのですが、やっぱり甘い、甘い(笑)チョコレートというよりも練り砂糖のチョコミント風味って感じ。

と思ったら、ありゃ、これイギリス製なのね?イギリスのお菓子も甘いんだ。

でも生活している間に、このこってりとした甘さにすっかり馴れてしまい、日本からいただくお菓子の甘さが物足りないと感じる頃には体重はかなり増えています(^^;)

そんなスーパー甘いアメリカンスナックにどれだけお砂糖が入っているのか一目瞭然のサイトを発見。

懐かしいけれど改めてひえ~っ!!!となること請け合いです。シナボン…やっぱスゴイ…チョコマックシェイクは…卒倒します(笑)

http://www.sugarstacks.com/
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クリスマスの前にサンクスギビング♪

友人rumikoのフラワーサロンをブログにリンクさせているので、HPの写真はもう何でも使ってOKよ、と言われている私。

さて、ハロウイーンが終わり、11月はサンクスギビングよねと思い、それらしいアレンジを探してみたけれど見当たらない。

それもそのはずでした。
rumikoさんはヨーロッパで生活していたので馴染みがないわけです。

サンクスギビングは新天地に来た清教徒達が食糧に困った際、ネイティブアメリカンに農業の方法や食糧を恵んでもらったことに感謝する行事だからですね。

なのでこのサンクスギビングホリデイは、日本のお正月のようで親族一同会して御馳走を囲む大切な日なのです。

近所の家々には違う州の車がたくさん止まっていて、皆、とても賑やかそう。この休日ばかりは日本が本当に恋しくなったものです。

サンクスギビングシーズンにはどういうのをドアリースにするかと言うと、ハロウイーンのかぼちゃなしヴァージョンという感じだったかな。
かけておくとリスに食べられてしまうのですが、小さなコーンや木の実やら食べ物でリース作ってたような。

要は食べ物に感謝する日みたいだからそうなるわけですね。

rumikoさんが以前作ってくれたキッチンに飾るこんな感じに近いものをドアに飾っていたような気がします。
えーと、これは何と呼ぶんでしたっけ?キッチンなんとか?
     

ということで私はいまだに世間がクリスマスモードでも11月末の週末が終わってからクリスマスという気分なのであります(^^)
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KY

KYって何でしょう?「空気読め」という略語だそうです。

常日頃個人的立場で語りまくっている中島義道は「うるさい日本のわたし」の中でこのKYについて語ります。

遠足は高尾山に決まりました」と先生が報告し、みんなワーイとうれしがっているなかでひとり「ぼく、高尾山なんて行きたくないや。海がいい」と語るS君は素晴らしい。だが、わが国でこう言うと、先生は眉をひそめ「そんなわがまま言ってはいけない」とか「もう決まったことだから」とかのロジックをもってきて、S君がなぜそう「言った」か理由を聞こうとしない。職員室で同僚に「Sは問題ですねえ。こんなこと言うんですから」とぼやき、場合によっては親にまで連絡して「お子さんはこんなこと言ったんですよ。何がご家庭で心あたりありますか?」と探りをいれる。
 高尾山に行きたくない子がいても当然ではないか!どんなお人よしの先生といえども、クラス全員大喜びで高尾山に行きたいとは信じてないだろう。不満をボソボソかげで言うことは問題ではない。帰り道に「ネエ、先生高尾山なんか嫌だあーっ」と甘えて言うことすら問題ではない。だが、教室でみんながいる場で堂々と「語る」ことが大問題なのである。つまり、Sが言った内容ではなく、Sが言った「場」が問題なのである。


日本では日々教育の現場で「語る」ことが許されていない状況です。この中でずーっと育っていたらどうしたって「語れない」人になるでしょう。

中島氏はウイーンの日本人学校で講師を務めた経験もあり、そこでは祖国を忘れた日本人の子供たちが教室内で大いに語る欧米型教育が行われていて、そこの記述は同じ日本人の子であるのに、アメリカの教室で私が見た風景がそのまま記されています。

皆がよく手をあげる。どんな素朴な質問も臆することなく発言する。そしてそれに対し誰も笑わないし茶化さない。

私もアメリカにいた頃、子供たちの学校に出向き、ボランティアで日本のことを紹介したり、恐れ多くも読み聞かせ(私の発音が通じていたか大いに疑問!)などしたりして、その都度、何か質問はないか?と問うとクラスの子供たちが全員手をあげるのでびびりました。

クラス全員と言っても日本ほど多くないので18人程度なんですが。

そしてさしてみると手をあげてたのに「忘れちゃった」なんて言ったりするのです。それでもクラスの誰も笑わないの。「お母さんの今日の発音、多分アメリカ人わかんなかったよ」という私の音読でさえも誰ひとり笑わず熱心に耳を傾けてくれました。

娘も小学校1年生のときに旅行先で他にも大勢のアメリカ人観光客がいる中で現地ガイドさんに「昔の人はどうやってお湯を作ったのですか」(そりゃ、水を温めてに決まってるだろ~っ!)と堂々と手を挙げて質問をしていたのを見て、質問のくだらなさより何より娘の堂々とした振舞に生粋の日本人の夫と私は「こりゃアメリカの教育の賜物だわ」と心底恐れ入ったのでした。

よく日本人はこういう性格だから、と言われますが、日本の「教育」がそうなってるってことなのだと思います。
授業の形態は私たちが子供のころと全く変わらず、小学校の頃から一方通行の授業で発言も求めない(排除する)授業です。

語る術を知らないまま「いじめ」の被害も誰にも打ち明けることなく遺書で初めて語る子供のなんと多いことか。

若者言葉のKYは典型的な「語る」ことを排除する言葉ですね。「空気読め」じゃなくて「語れよ!」という意味にしたいくらいです。
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コロンバイン高校の悲劇再び…

Americaというカテゴリーを作ったものの、頭の中にたくさんある思い出のどこから書き始めようかと思っていましたが、バージニア工科大学の銃乱射事件の悲劇が最初の記事になってしまいました。射殺された犠牲者32人…

4年前、コロンバイン高校の銃乱射事件をもとにマイケル・ムーアが製作した映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」はアメリカの闇を描いたとても啓発されるドキュメンタリー映画。

映画の中でも監督が銃規制を訴え、政治的にも力を持つ全米ライフル協会(NRA)会長のチャールトン・ヘストンに突撃取材を試みますが、話はまったく平行線のまま。「人を殺すのは人であって銃ではない」をスローガンに銃規制に反対の立場を貫いています。

映画ではアメリカ人が恐怖と不安を煽り続けられた結果、銃が手放せない心的状況に陥っているという点も漫画を取り入れながら説明。

世の中に対する漠然とした不安や恐怖に備えるための1つが銃であったということなのでしょう。

「銃」という武器であることが、日本人の私には信じがたいことですが、それは不安に備えるために貯金をしたり、何重ものロックを家にかけたり、庭にシェルターを作ったり、24時間のセキュリティーサービスを利用したり、子供を小さい頃から公立ではなく私立に通わせたり、ということと根っこは一緒なのかもしれません。
アメリカの不安対処の仕方はあまりにも攻撃的ですが。。。

銃による悲劇がいくたび起ころうともそれでも銃を手放すことができないアメリカ。それは世の中への不信の証明ですし、その流れは変わらない、残念ながらそんな気がします。

「これだけの悲劇があってなぜ銃を捨てられないのか!」と声高に叫べる私たちはそれだけ恵まれた平和な世界の住人なのかもしれませんね。日本の警察も信用できますし。

日本でアメリカと同じような事件が起これば、あっという間に銃規制法案成立だと思います。

何か事が起こると世論が一斉に同じ方向を向く日本と違って、矛盾した色々な価値観が堂々と存在するのがある意味、アメリカのスゴサ。

ボウリング・フォー・コロンバイン」や2作目の平然と現職の大統領批判をしている「華氏911」などが制作され、さらに全米、世界に向けて公開されてしまうところなどはつくづく言論の自由が保障されている国だな、と思うわけです。

オーストラリア人ジャーナリスト、ベン・ヒルズ氏が皇太子妃雅子さまについて書いた単行本「プリンセス・マサコ(Princess Masako)」をめぐって、外務省や宮内庁が著者や出版社に対して抗議を行い、その数日後、日本語版の出版中止が発表された

なんて記事を読むと、日本とアメリカの度量の差を感じずにはいられません。
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